「良い社会をつくる公共サービスを考える研究会」(主査:神野直彦東大大学院教授)と公務労協の共催による「良い社会をつくる公務サービスを考えるシンポジウム」が7月1日、700人が参加してニッショーホールで開催された。
シンポジウムは、「共生社会へ〜格差拡大と国民生活破壊の小泉構造改革NO!」をスローガンに掲げ、午後3時から小川正浩研究会専門委員の司会で始まった。人見公務労協議長の挨拶に続き、神野直彦教授が「共生社会のシナリオ」と題して基調講演。ついで、宮本太郎北海道大学大学院教授、佐藤学東大大学院教授、堀越栄子日本女子大学教授、間宮陽介京都大学大学院教授、草野忠義連合事務局長によるパネルディスカッションが行われ、小泉構造改革がもたらした問題点と公共サービスの再生・創出に向けたビジョンと政策について、活発な論議が交わされた。
【7.1シンポジウムの概要】
【開会挨拶】
まず、人見一夫公務労協議長がシンポジウムの開催意義について次のように挨拶した。
「小泉内閣が誕生して4年になる。この間、『構造改革』と称し、『民間にできることは民間に』という掛け声の下、新自由主義思想による規制緩和、民営化、行財政改革を推し進めてきた。『改革の本丸』として、今国会で強引に郵政民営化法案の成立をはかろうとしているが、認めることはできない。『骨太方針2005』は、@小さくて効率的な政府、A少子高齢化とグローバル化を乗り切る基盤づくり、B民需主導の経済成長を重点課題としている。このため、市場化テストの本格導入による官業の徹底的な民間開放、公務員の総人件費削減、福祉・医療など社会保障給付費の抑制などを打ち出している。しかし、社会保障をはじめとするセーフティネットの切り崩しは、将来不安を高め、出産・子育てに背を向けた経済社会システムは、少子高齢社会に拍車をかけている。また、国の一方的歳出削減と財源移譲なき三位一体改革は、地域の切り捨てを進めている。日本の経済社会を持続的に発展させるためには、安心・安定・公正を実感できる労働を中心とした福祉型社会の形成、地方分権を基盤として地域社会のニーズに応じた安定的な公共サービスの提供が必要である。社会的セーフティネットとして確保されるべき公共サービスの役割、そのサービスの再評価と質の高いサービスへの改革等について、国民に開かれた議論を通じて、国民の理解と支持を得る必要がある。このような観点に立って、地域経済や国民生活の安心・安全の確保、社会不安の解消など、共生社会を実現するビジョンを打ち出すために、このシンポジウムを開催することとした。」
【第T部 基調講演】
神野直彦東京大学大学院教授が1時間にわたり、「共生社会のシナリオ」と題して、基調講演を行った。その要旨は次のとおり。
「日本社会の現状は、経済的危機が社会的危機に飛び火し、社会的病理現象が蔓延しはじめている。その原因は、新自由主義による『改革の方向が悪かったのではなくて、もっと改革をしなかったからだ』という『失政糊塗』の論理が繰り返されたからだ。
政府の役割は財政をとおして、経済・社会システムの危機を解消することにある。ところが『骨太方針2005』の考え方は、単なる財政の帳尻合わせでしかない。そして、忍び寄る大増税と『安心と安全』の給付切り下げが行われ、いっそうの破局に導かれようとしている。日本はすでに小さすぎる政府になっている。小さすぎる政府の大きすぎる借金に問題があるわけで、大きな政府の大きな借金にしておけば、借金はコントロールできる。財政を動員して社会的な病理現象を解消し、有効な公共サービスで社会の安心・安全を取り戻すことが重要な課題である。財政は、自発的な協力に裏打ちされた民主的な政府のもとに運営されなければならない。そのためには、財政や公共の問題にいつも国民が参加できるシステムをつくっておかなければならない。労働組合はこれまで労働現場における自助組織だったが、これからは生活点における他助組織になっていく必要がある。そうした公共心、社会心、共同心を基盤にして民主的な政府が形成されなければならない。そうした新しい共生社会をつくることは可能だ。それは人間は自立していくが故に連帯していく存在だからだ。人間のより人間的な生活のためには、人間のより人間的な使用方法を生み出していく必要がある。大地の上に人間の協力を積み上げ、共生の領域を強化していくことが必要だ。そして、意思決定を国民の手に委ねることによって公共サービスを供給していく社会をつくらなければならない。」
【第U部 パネルディスカッション】
コ−ディネーターに宮本太郎北海道大学大学院教授があたり、2時間にわたって討論が交わされた。
最初に、「骨太方針2005」と小泉構造改革がもたらした日本社会の政治・経済・社会的危機の現状分析について各パネリストから次のような報告がなされた。
佐藤学氏
「教育の危機も85年のプラザ合意以降で、教育改革が危機を深刻化している。本来学校教育の意義について再定義しなければいけない時に、自己責任、自由選択という教育への市場主義導入が意図された。被害は弱者である子供たちに集中し、高卒の求人数は激減、フリーター、ニート問題を惹起した。社会的不安の増大を背景に受験産業が過熱し、教育投資が増大している。家計に占める教育費負担の割合は400万円未満の所得層での54%に対し、1000万円以上では22%と、不平等・格差が拡大した。少人数学級の拡大の下で93年以降教育費が削減され、その結果、愛知県では240人の新規採用に対しパート・非常勤講師が3000人、教育の劣化が進行した。骨太方針では全国で学力テストの導入による競争、学校選択制の導入と公教育費をチケットで渡すバウチャー制による学校の企業化が意図されている。骨太方針は現状への自己評価のないまま、さらに市場主義改革を推進するもので、その結果、教育はほとんど危機的な状況にさらされることとなる。」
堀越栄子氏
「骨太方針はこの間の市民生活や意識の変化に全く応えていない。工業社会が成立し、賃金をベースに、必要なものは商品で購入、都市化に伴い共同利用すべきサービスは行政が供給、社会保障・社会福祉、あわせて公務員が増大した。いわば生活が社会化、外部化したわけだが、その結果人々が生活のイニシアチブを取れない状況が生まれた。行政・公共サービスも画一化や利用に当たっての労力の問題などを抱えて、それらに対応できないと生活水準が低下、暮らしが成り立たないことにもなる。しかし方針でそういう生活の枠組み、生活欲求があって生活手段を選び、購入し、加工し、利用して自分たちの暮らしを作っていくというプロセスが意識されていない。特に子供達のように生命が躍動するような欲求を持てないこと、欲求をきちんと持てる暮らし方を作っていくことが自立や協力の社会の根源にあるはずだが、それに対応するような考え方は見あたらない。」
間宮陽介氏
「骨太方針に流れている問題意識は、対外的なグローバル化や少子化の進行で将来のパイが小さくなることに対し、どう資金や資源を企業の側にまわすのかということ。そのために小さな政府で『資金、仕事、人の流れ』を変える、また、格差や貧困の増大も、富める者のおこぼれがいずれ廻っていくというもの。しかしデフレ経済が示すように、資金が開放されても投資に廻るとは必ずしも言えず、矛盾を深めるだけである。また、市場の拡大とともに政府自体も大きくなってきた。しかし、それは民間の中で市場的な活動でできないことを政府が肩代わりしてきたもの。官庁が無駄なことをしないということは大事だが、政府がやっていること自体を小さくしていくことは、「民」自体を小さくしていくことに他ならず、自己矛盾している。」
宮本太郎氏
「雇用に占める日本の公務員の割合はOECD平均の3分の1程度で、たいへん少なく、また1980年代以降、税収は累積24兆円の減収となり、改革すれば改革するほどおかしくなってきている。しかし、小泉内閣は、依然、『小さくて効率的な政府』を謳い、公務員が多いことが問題としてアナウンスしている。各パネリストの提起はそれが誤解であることを解く貴重な提起といえる。元スウェーデン大使で、財務省出身の藤井威氏の推計によると、日本とスウェーデンとの国民負担率比較で、租税・社会保障負担率は、日本の28.8%に対しスウェーデンは51.6%と大きいが、社会保障給付費や公財政支出教育費を差し引いた修正国民純負担率は、日本の14.0%に対しスウェーデンは11.9%で、逆に日本の方が大きくなり、骨太方針で語られていることはずいぶん違うことが分かる。」
草野忠義氏
「なぜいま、構造改革を進めなければいけないのか、小泉内閣は、きちんとした説明や、生じる痛みを最小限にとどめる方策、そしてグランドデザインを国民の前に示さないままここまできた。そして格差は拡大し社会の二極化が進み、それが固定化し始めている。骨太方針2005は、状況をさらに悪化させるものだ。公共サービスとは何かの議論もせずに、単に『官から民へ』というのは問題である。連合としては公務員制度改革の基本的なあり方、公共サービスのあり方を明らかにし、労働基本権回復のたたかいを進めたい。」
神野直彦氏は前半のパネリストからの発言のポイントについて、「物事の原点を見直さなければならない時期にきているということ」としたうえで、「骨太方針は、人々がやりがいと目標を求めるようになっているのに対し、再び賃金が動機付けになるように、社会を貧しい状況に落とそうとするものだ」と厳しく批判した。
続いてテーマを共生社会に向けた対抗戦略とビジョンに移して討論が行われた。
佐藤学氏は、1992年からのフィンランド再生の事例を挙げながら、「平等教育を徹底し、教育を未来への投資と考えた結果、学力・競争力で世界一となったフィンランドとはまったく正反対のことを日本はやっている。信頼・絆を取り戻し、協力し合う社会を目指すことが必要」と指摘した。堀越栄子氏は、「人は『物から心へ』になっているのに、金に誘導しようとしている」と小泉改革を批判し、「協力して生きられる社会を作ることが必要。労働組合も外部の人たちとの協力を追求してほしい。またボランティアなど、権力関係にないグループに属してみるなど、いくつかの立場を持つことが人間は必要」と述べた。間宮陽介氏は、「内と外が分離してしまっている日本社会の現状を都市に例えるならば、日本は家が荒野に点在している感じだが、ヨーロッパの道や広場などパブリックな領域は家に囲まれてできている。これからの社会のイメージは後者で、その中で助け合いの意識が持っていければ」と語った。
フロアーから、3点について質問があった。まず日教組から、「『教育はサービスかどうか』という議論があるが、今後どのように運動をすすめていくべきか」と質問があり、佐藤学氏が「教育は、親、市民、教員のコミュニティの中で責任を共有することでしか成立しない。公共サービスとしてそれを支える運動を」と答えた。つづいて自治労から、「労組がNPOなどとつながりを持つための協同の概念とは」と質問。堀越栄子氏が、「対等な関係は持てないというのが前提。お互いに権力関係を自覚してはじめてうまくいくもの」と答えた。さらに公務員制度改革についての連合の立場について質問があり、草野忠義氏が「地方連合で民間の方々とともに相互理解を深めながらすすめていく必要がある」と応じた。
まとめとして各パネリストから総括意見がだされた。まず、コーディネーターの宮本太郎氏が、公務の民営化というピンチを、民間と一つの労組を立ち上げ、賃金・労働条件の改善に結びつけるというチャンスに変えた、スウェーデンの公務労組の運動にふれ、「官民がともに労働運動をすすめるという新しい可能性がある」とまとめた。
佐藤学氏は、「『骨太方針2005』は破局の改革であること、就学について平等の水準を上げること、弱者である子どもたちにセーフティネットを構築すること」の3点を指摘した。堀越栄子氏は、「受益型ではなく発想型の人間をつくるために、地域で公共の出入り自由なコミュニティを構築すべき」とし、間宮陽介氏は、「小さな政府と大きな国家が同時に進んでいる」と政府の矛盾を指摘した。
神野直彦氏が「『成長の時代は終わった』と言われるが、いまだに『競争』が求められているという矛盾がある。今後は『成長』偏向の時代の欠陥を反省し、新たな社会をめざすべきである」とコメントし、シンポジウムを締めくくった。
以上