2013年度公務労協情報 5 2012年11月15日
公務公共サービス労働組合協議会

シンポ「ともにつくる『公共サービス』」を開催−11/13
〜真に社会のセーフティネットとなりうる公共サービスの再構築に向け議論〜


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 シンポジウム「ともにつくる『公共サービス』〜不安社会からの脱却に向けて〜」(主催:早稲田大学メディア文化研究所公共ネットワーク研究会、協賛:公務労協)が、11月13日、早稲田大学大隈記念講堂小講堂において開催され、大学生を中心に、高校生や研究者、公務労働者など全国から約230人が参加した。
 この日のシンポジウムは、これまでの研究会における研究成果の1つとして、またさらに今後の研究に活かしていくべく開催されたもので、基調講演やパネルディスカッションを通じて、社会不安が極度に強まっている今日、真に社会のセーフティーネットとなりうる公共サービスの再構築を急がなければならない現実を捉え、公共サービスをどのように理解し、さらなる充実のためにどうすることが必要なのか、など議論を深めた。

 シンポジウムでは、林秀一公共ネットワーク研究会座長の主催者挨拶に続き、片木淳早稲田大学公共経営大学院教授(早稲田大学メディア文化研究所長)が「ドイツの『市民自治体』構想と公共サービス」と題して基調講演を行った。
 その中で、片木教授は、1990年代以降のドイツでは、市民による直接民主主義的な動きを活発化するともに、自治体の政策決定・執行への市民参加をさまざまな手法を通じて積極的に試みる、いわゆる「市民自治体」構想が新たに進められていることを紹介した。また、「市民自治体」構想のもとにおける市民は、@単に顧客として自治体の行政サービスを享受するだけではなく、A自治体という共同体を構成する一員としてその任務を分担し、行政サービスの提供に協力、参加し、さらには、B主権者として自治体の運営を選挙によりその代表に委任するとともに、必要な場合には自ら直接これに携わるべき者であるとされていることを強調した。その上で、日本における今後の公共サービスのあり方を議論する上で参考にすべきではないかと提起した。

 続いて行われたパネルディスカッションでは、ファシリテーターを評論家の荻上チキさんが、またパネリストを本田由紀東京大学大学院教育学研究科教授、木村俊昭東京農業大学教授、林田吉司あしなが育英会東北事務所長、加藤良輔公務公共サービス労働組合協議会議長が務めた。

 冒頭、荻上さんは「『公共』は、日常と乖離した抽象的なものと思われる人も多いかも知れないが、本日は、『公共』がどのような影響を与えているのか、今後、社会の変化に合わせて私たちがどうしていくべきなのか議論を展開したい」と述べ、各パネリストから見た現在の社会状況を踏まえ、ともにつくる「公共サービス」の必要性とそれを実現するための解決策について議論を交わした。
 その中で、本田教授は、教育・仕事・家族という3つの社会領域の間の循環モデルに基づき日本社会の大きな流れを把握した上で、今後の展望を示した。本田教授は、高度成長期から安定成長期にかけては、各領域の緊密な循環が成立しており、それが公共性に代わる役割を果たしていたが、1990年代から今世紀初頭には、賃金や労働時間などの劣悪化、教育費・教育意欲の家庭間格差の拡大、離学後に低賃金で不安定な仕事に就かざるを得ない層の拡大など、戦後日本型循環モデルが破綻し、何の支えもなく孤独に貧困に耐える個人が増加し、加えて、これまでも希薄だった社会的セーフティネットをむしろ引き下げていこうというベクトルが強くなってきたと語った。人口増加や世界的経済競争など環境条件の変化により従来の日本型循環モデルに戻ることは不可能であり、希薄なセーフティネットを再構築し、循環からこぼれ落ちた人がもう一度社会へ戻ることのできるような新しい社会を構想していく必要があること、その際、国家に対し市民社会が自律的にならなければならないと同時に、NPOや市民がさまざまな活動等を通して社会をどう変えていくかということに参加してもらう、そのための基盤を国や自治体が下支えするといった役割分担関係を構築することが必要であると強調した。

 木村教授は、小樽市役所職員であった時の経験や内閣官房地域活性化伝道師として疲弊した地域をいかに活性化させるかという活動を通して、見えてきた課題と解決策について語った。全国各地を回る中で実感した課題として、地域の活性化に関わる人々が全く主体性を持っていない場合が多いこと、地域の人々の経験やノウハウを活かすための情報が行政や経済団体などの間で共有されていないこと、ボランティアでの活動の継続性には限界があることなどを挙げた。そして、疲弊した地域の活性化には、まずそこで暮らす人々が地域を知り、気づくことが大切であると述べた。その上で、地域の人々の経験やノウハウを活かすための情報を地域で共有し、市民が主体性・自主性を持って、行政やNPO、地場企業、住民などで分業・役割分担しながら、少しずつでも継続し深化させていくことが必要であると強調した。また、「リーダーは各地にいるが、プロデュースできる人が非常に少ない」と指摘し、「地域と地域、団体と団体、人と人などをつなぐプロデューサーが今求められている」と訴えた。

 林田所長は、病気や災害、自死などで親を亡くした子ども等に対し物心両面で支えるあしなが育英会の活動を紹介した。あしなが育英会は、交通事故などの被害者自らが築き上げてきた組織でありすべて寄付金で運営していることや、経済的理由によって高校、大学・専門学校などへの修学が困難な遺児らに奨学金を貸し出す物的支援とともに、阪神淡路大震災遺児らのために安全・安心な場所が必要であることを世間に訴え続けて何とか立ち上げることができた「神戸レインボーハウス」等を通じて、主に中学生以下の遺児を対象に心のケアを行うなどの精神的な支援活動を行っていることなどを語った。また、昨年の東日本大震災による遺児の心のケアについても、「震災後に仙台に東北事務所を立ち上げ、遺児自らが自分の力で幸せを掴んで生きていけるよう、10年、20年、子どもたちと一緒に生きていく覚悟を持ってレインボーハウスを建てること決意し、現在、活動している」と報告した。

 加藤議長は、日本の公務員数や公務員人件費はOECD諸国との比較では少ないことや、教育費に係る公的支出も同様であることなど公務をめぐる実態を客観的資料を用いて示すとともに、その一方で「公務員の数が多すぎる」「公務員の給与は高い」などいわゆる公務員バッシングが続いている背景には、「『公共』という考え方と公務サービスにさまざまな食い違いが生じているからではないか」と指摘した上で、「『公共』と『公務サービス』をどのように繋げていくかが『新しい公共』を考える上で1つの切り口になるのではないか」と述べた。また、地域のニーズに応じた地域公共交通のあり方について地域住民・利用者も含めた関係者の合意形成を図る場として設けられた地域公共交通会議や保護者や子ども、地域、教職員で地域の学校教育のあり方を考える学校協議会を具体例として挙げ、これらのあり方がこれからの公共を考える上で参考になるのではないかと問題提起した。その上で、憲法第25条で「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定する生存権をどのように担保していくのか、公務だけではなく、国民一人ひとりが関わっていくことが新たな公共ではないか」と強調した。
 こうした現状認識、課題やその解決策の提起を踏まえ、学生など参加者からの質問も含めて約3時間にわたり議論を深めた。

 シンポジウムの最後には、森治郎早稲田大学メディア文化研究所研究コーディネータが挨拶に立ち、「現在私たちが直面する不安社会にどのようなセーフティネットを構築するかということがまさに大きな課題であり、その最も大きなネットの1つが公共サービスである」とし、「真に社会のセーフティネットになりうる公共サービスの構築と強化のためには、サービスを受ける人もサービスを提供する側になり得る可能性と必要がある。そしてそのことを容易にする社会的合意とシステムが必要ではないか。本日のシンポジウムでそうした認識と自覚を共有できたのではないか」と総括し、シンポジウムを終えた。

以上