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事例

千葉県野田市
根本崇市長インタビュー 2011年1月13日 野田市役所市長応接室で

千葉県野田市は、2009年9月、全国ではじめて「公契約条例」を制定し、翌年2月に最初の入札を実施した。こうした一連の流れは全国的に話題となり、「野田市に続け」とばかり「公契約条例」制定をめざす自治体が一気に広まるところとなった。前例も「モデル条例」もない中、全会一致で「公契約条例」を可決させたという快挙の裏には、豊富な経験と実績を積んだリーダー、根本崇市長の存在があった。
日本初の「公契約条例」制定までの道のりと今後の展望を、先駆者・根本崇市長に聴いた。

「公契約条例」を制定したきっかけを教えて下さい。

地元の同級生たちといろいろな話をした時に、二つのことを聞きました。建設業の現場で働く同級生が「自分は苦しいけどなんとかやっていける。だけど、このままだと子どもに後は継がせられない」と言うのです。日本のモノづくり、特に建設業におけるモノづくりの後継者を、今後どうやって育てていくか考えた時、一番の問題は賃金が安いということ。これを何とかしなくちゃいけない、という話が一つ。

それからもう一つは、役所の仕事を請け負う方のもとで働いている労働者の賃金が、どんどん下がっているという話。小泉改革以来のアウトソーシングの流れから、業務委託を進め、指定管理制度を始めました。「質はある程度確保しなさい」というけれど、何を基準にして役所が業者を選ぶかといえば、やはり入札価格です。結果として、仕事は安い業者のところに落ちますが、仕事内容は同じなので、結局働いている人の賃金に跳ね返ってしまうのです。

建設現場で働く方の「報酬をあげてもらいたい」という話と、「官製ワーキングプア」を無くそうという話を「一緒にやってしまおう」と思って考えたのが、今回の条例案でした。

条例制定するまでに、どんなご苦労がありましたか?

通常、条例を作る時には、お手本ともいえる「モデル条例」があります。しかし今回は、それが無くて大変苦労しました。結局は、市職員が原案を作り、弁護士をしている大学の同級生にアドバイスももらい、熱心にとりくんでもらって作ることができました。

また、地元のコンセンサスをどうとるかという問題もありました。同級生たちの声はわかっていましたが、建設業の経営者の方々がどう考えるかが大切だと考えました。話し合いを重ねていき「今、それにとりくまないと将来大変なことになる」「役所で出来ることなら、やってもらったほうが有難い」という、野田市の建設業界のみなさんの意見を頂くことができました。

さらに、「役所は一番安い経費で、一番いいサービスを提供するべきところ」という前提があります。公契約条例を作ることで、「経費が高くなるのではないか?」という懸念も出ました。議員のみなさまには、「みなさんの支持者の中には、建設業の現場で働いている人がいると思います。その人々に実態を聞いて下さい」と申し上げました。議員のみなさまが実態を把握することで、「何故この条例が必要か」「経費が安ければいいわけではないこと」をご理解いただけたと思っております。

制定後、条例を改正されましたが、それはなぜですか? 改正した後の反応はいかがでしたか?

職種別賃金、雇用の継続、下請けいじめという3つの不十分な点がありましたので、改正を致しました。

職種別賃金ですが、「最低賃金よりも約100円高い」という基準は、清掃業務についてのみ該当しました。しかし、清掃業務以外の業務委託には、専門性があり、高い賃金も多いのです。その他の職種に条例を適用しても、結果として賃金が改善されない職種が出てしまいました。そこで、建設業と同じように職種別最低賃金を定めることにしました。

雇用の継続というのは、業務受託業者が変わっても、現場で働く人の雇用を継続させることです。市民サービスという観点からみると絶対にプラスですが、継続前の雇用条件をどう扱うかが難しく、雇用が継続しないケースが出ていました。とはいえ、新しく仕事を請け負った業者に「前に働いていた人の雇用まで保障して下さい」というのは無理なので、規定しませんでした。これについては、改正後も努力義務を課しているだけですので、お願いしていくほかありません。ただし、努力義務を課している以上、請負業者が5年以上契約を結べるように「長期継続契約」を結ぶようにしました。「長期継続契約」であれば業者も有難いし、「間違いなくできます」という返事がありましたので、条例を改正し、公契約条例対象の業務については長期継続契約を結ぶことにしました。

下請けいじめというのは、元請け業者が安い値段で仕事を請け負った時に、下請け業者で働く人の賃金を役所が縛ると、下請け業者が赤字になってしまうという問題です。こちらにつきましては、本来「下請代金支払遅延防止法」「建設業法」で下請業者の保護が図られていますが、実際はなかなか難しいです。ですから野田市では低入札で札が入った時、落札時に下請業者にいくらお金が行くかを調査する「低入札価格の調査制度」を充実することにしました。受入れ代金のうち、直接工事費について一定の率以上で積算が行われているかを確認できれば、その分は下請けに確実におりるという考えです。これについても業者に確認したところ、「そこまで担保してもらえれば、しっかり払っていけます」というお話しでした。実際は、これから動かしてみないとわかりませんが、なんとか動くのではないかと思っています。

条例を適用しても、あまりコストがかからなかったと聞きますが、本当ですか?

条例の定める最低賃金がヒットしたのは、清掃業務の4件だけで800万円でした。全体の発注額から見ると、そんなに大きな違いではありませんでした。清掃業務でも、それなりの給与を払って清掃をしっかりやってもらえば、建物のもちも、きれいさも違うと思います。この程度の金額であるならば、問題がないと思います。なお、職種別賃金を採用しても、23年度予算では16業務で、前年度比470万円のプラスでしかありませんでした。

公共工事については、予算が増えるということはありません。なぜなら、設定価格が二省単価という国土交通省と農林水産省で協定をして決めた公共工事の積算単価だからです。「積算単価の8割を下回ってはいけない」といっているので、役所で予算をつくる時の単価以上には、公契約条例を適用してもなりえません。「その単価なら、それだけの給料を払えるはずだから、払っていないものを払って下さい」という話なのです。公共工事に関しては予算を増やしたことはありませんが、業務委託は、今まで安い賃金で働かしてしまっていた分だけは、上げなければなりません。

公契約法に関しては、どのようにお考えですか?

公契約法には、公共工事と業務委託という2つの要素があります。公共工事の賃金確保に関しては難しくありませんので、今すぐにでも、議員提案が検討されている「公共工事報酬確保法案」を動かして頂きたいです。ただその際に、「下請けいじめ」にならない対策だけはやらないと、建設業がおかしくなってしまいます。

問題は業務委託です。法で定めてしまうと、最低賃金法とのダブルスタンダードをつくってしまう可能性があるからです。これについては、国でシビアに議論しないとできません。だからこそ、自治体から条例を積み上げながら、この法律を作っていかないと、国も動きにくいと思います。

それぞれの自治体で定める形に定形があるわけではありません。規定する中味も形式もいろいろあると思います。みんなで作り上げるといろいろな形が出てきますが、それをまとめる際、国では実用的な要素だけでなく理念もしっかり書いて頂きたいです。そのためにも、それぞれの自治体で頑張って頂きたい。どんな形でもいいから、まずは作っていって頂きたいのです。

これから続く方へアドバイスをお願い致します。

本来なら、尼崎市は野田市より先に条例が出来ていたはずでしたが、できませんでした。尼崎市の条例は、理念を強く出した条例でした。一方、野田市の条例は理念はあくまでもお題目程度で、実質的にはやりたいことだけを書いた条例でした。何を言いたいかというと、やり方、書き方はいくらでもありますが、条例を制定する時には、「自分のところでコンセンサスが取れるような書き方」をしてもらいたいと思います。野田市の条例を真似する必要も、自分たちの案を妥協する必要もありません。現実的に条例化できる形で、自分たちで書ける条例を進めてもらいたいです。

野田市で公契約条例を制定いたしましたが、これが完成形だと思っていませんし、もっと進化させていきたいと考えております。みなさんには、それぞれの地域の実情に即した形で、公共の現場で働くみなさん方の賃金を出来るだけレベルアップしていくことをお願いしたいです。その流れの中で、日本全体の賃金のデフレスパイラルを止められるような、そんな方向に持っていくことが一番いいと思っております。

条例でなく要綱でも構いません、公共の現場で働く方のための賃金を確保できる仕組みを、みなさん方で作って頂きたいのです。最終的にはそれをまとめあげ、動きを国に持ち上げて公契約法にしていきたいと思っております。ですから、是非ともみなさん方のお力を貸して頂きたいです、よろしくお願い致します。

神奈川県川崎市
阿部孝夫市長インタビュー 2011年1月12日 川崎市役所市長応接室で

神奈川県川崎市は、2010年12月、契約条例に公共事業の質と労働者の賃金を保証する条項を盛り込み、市契約条例を改正した。これは事実上の「公契約条例」の2例目であり、政令指定都市ではじめてのことだ。とりわけ、環境分野の研究開発拠点づくり、音楽やスポーツをテーマのまちづくりなどを積極的に進め、発展するまちのお手本として見られることの多い川崎市が「公契約条例」を制定させたことの意義は大きい。今、雇用の全国モデルとしても期待される川崎市の「公契約条例」の特徴とその意義を中心に阿部孝夫市長に聴いた。

今回の契約条例の改正は、実質的には「公契約条例」の制定ですね。
政令指定都市で初となりますが、条例を改正しようと思われたきっかけは何だったのでしょうか。

川崎市は、「公契約条例」ではなく「契約条例の改正」という形をとりましたけれど、中身は「公契約条例」そのものです。

最近は入札における競争が厳しくなってきています。実際、川崎市が発注する公共工事等においても低価格入札が増加して、ダンピングの発生や、下請業者・労働者へのしわ寄せが懸念されていました。最低制限価格というものを設けてはいるものの、落札価格が最低制限価格ぎりぎりのところに張り付くものについては、本当に契約した相手が適正な仕事をしてくれるか心配な面があります。

税金を使う契約ですから、市民サービスとして品質を確保することが非常に大事です。そのためには、下請けの方や現場で働く人に適正な賃金を支払い、仕事の品質を落とさないように働いて頂くことが必要です。

公的なサービスの品質を確保することと、下請けまでを含めて働く人たちのきちんとした労働条件が確保されること、この二つは極めて重要な要素です。こういう時代だからこそ、このようなとりくみが必要だと判断しました。

川崎市契約条例の改正の主な特徴は何でしょうか?

先例である千葉県野田市の公契約条例を参考にしつつ、川崎市契約条例に独自の規定を盛り込みました。主な特徴として、6点が挙げられます。

  1. 「契約に関する施策の基本方針」や「市及び契約の相手方の責務」を規定したこと
  2. 「指定管理者」との協定も公契約の範囲に含めたこと
  3. 請負契約により作業に携わる、いわゆる「ひとり親方」も対象としたこと
  4. 業務委託契約に携わる労働者の賃金の下限額の基準として「生活保護基準」を採用したこと
  5. 賃金の下限額を定めるにあたり、事業者や労働者の代表からなる「審議会」の意見を聞くこととしたこと
  6. 「指定出資法人」や「PFI事業者」が締結する契約についても、市に準じた措置を講ずるよう努めることとしたこと

実際には、公契約はあくまでも契約です。条例で一方的に規制してしまうのではなく、あくまでも契約事項として定め、契約によって守って頂くというとりくみになっております。

パブリックコメントを行ったそうですが、市民や事業者の反応はいかがだったのでしょうか?

パブリックコメント手続きを行った結果、208通の意見書が寄せられ、838件の意見を頂きました。ほとんどが条例改正に賛同する趣旨の意見でしたが、対象となる契約の範囲を広げてほしいという意見も多数ございました。一方で、事業者からの「会社運営という面からは、競争で大変厳しい状況になるのではないか」というような心配の声もありました。

契約では、事業者には同じ条件で入札をして頂きます。建設業界、ビルメンテナンス業界、あるいは商工会議所、といったところに詳しく説明をし、協議を十分に進めた結果、契約条例の改正に反対するような意見は、出ませんでした。

市議会でも、事業者側、労働者側という両方からの意見がありました。平成21年12月の議会で、公契約条例の制定に向けて検討することを初めて表明しました。それ以降の市議会で、各会派から公契約条例の検討内容についての質問を受け、十分に議論しました。さらに、条例改正の基本的な考え方がまとまった段階で、総務委員会に報告するなど、逐次説明をしながらとりくみましたので、最終的には議会でも全会一致で賛成して頂きました。

条例改正後の課題として、どのようなことが挙げられますか?

実行していくというのが非常に大事ですから、まず周知徹底を図って守ってもらうことが大事です。そのためにも、市役所の対応組織をきちんと整備していかなければなりません。また、それぞれの事業者団体などを通じて、よく理解してもらうということです。

また、本当に賃金が適正なのかをチェックする必要があります。そのために事業を受注した事業者は、契約に携わる労働者の台帳を作成します。この台帳をもとに市が労働者の賃金を確認していくので、台帳をいかに適正に作るかが、条例の実効性を担保する上でとても大事です。

条例を改正したことで、さらに川崎をどのようにしていきたいとお考えですか?

「ここで仕事をしていれば、正当に、適正に評価される」と思えば安心して働けますよね。契約に携わる人が、適正な労働環境の下で働くことで、公共事業の品質は向上し、働く人の生活も成り立ちます。そうして、市民が豊かで安心して暮らせるような地域社会にしていければと考えています。

条例制定のこつを教えてください。

川崎市では、今回の条例改正にあたり準備に時間をかけ、様々な立場の人から意見をうかがい、調整をしながら進めてきました。いろいろな意見がありましたが、一つひとつを丁寧にクリアしていくこと、そして最初の基本例示の設定が非常に大事です。

公契約条例を制定しようとしている人たちに、アドバイスをお願いいたします。

「公契約で品質を確保し、それを適正に執行することによって、働く人たちが希望を持って働けるようにする」。こういった基本的な考え方が、今の時代に非常に大事であるということを、信念をもってとりくんで頂くことが一番だと思いますね。また、利害関係者も多いので、いろいろな方とよく意見交換をしながら進めていくことが必要だと思います。

さらに、公契約に携わる労働者の適正な労働条件を確保していくことは、自治体として緊急の課題です。労働環境の整備という政策的な視点から見ると「公契約条例」は、一つの自治体で実施するだけでは十分ではなく、自治体が相互に連携していくことが大切だと思います。条例だけでなく、「公契約法」の制定を国に呼びかけていくことも必要だと考え、2010年12月28日に、政府与党に対して法制度の確立を緊急要請したところです。

このような動きが、結果的に地域経済の発展につながるものと考えていますので、他の自治体にもご賛同頂ければ思っております。